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    「会津山塩」

    • 2013.05.27 Monday
    • 15:13
    ●北塩原村にある大塩裏磐梯温泉の源泉からは塩が採れ、かつては会津藩にも納めていたそうですが塩の専売化により60年もの間途絶えていました。今年の春から会津山塩企業組合が「会津山塩」として復活させて今大変なブームになっています。


    ●村の特産品開発に取り組んで巡り会ったのがこの山塩です。製造方法はいたってシンプル。昔ながらの薪を燃やして煮詰め、さらに土鍋で煮詰めて作るもので、100リットルの源泉からわずか800gほどしか出来ないんだそうです。海水の塩分濃度の1/3というのですからその手間暇は大変なものでしょう。だから美味しいんですよね。
    ●北塩原村や商工会も応援して「山塩料理コンテスト」も開かれました。アケビの中に山塩で味付けされた「和牛ハンバーグ」や、会津磐梯山をイメージした茶きん絞りの「オリジナル春巻き」、甘さを引き立たせる山塩のまろやかな塩辛さの「そば粉のクレープ・塩キャラメルソース添え」などが入賞しました。優秀なレシピは村内のホテルやペンションの新メニューとして登場するそうです。これが裏磐梯ならではの料理として定着してくれるといいですね。美味しいものは村おこしに最高です。
    ●手作りの自然塩。カルシウムやミネラルが豊富で、まろやかで甘みのある味です。地元のペンション、旅館、ホテルや売店でお求めになれますが、すごい人気で品薄状態だそうです。道の駅裏磐梯でも売っていますし、脇のソフトクリーム屋さんでも「やましおソフト」が売られています。もちろんこの山塩を使っているそうでとっても美味しかったです。

    「鋸鍛冶」

    • 2013.05.27 Monday
    • 15:11
    「鋸鍛冶」
    中屋伝左衛門鋸工場
    会津若松市相生町2-14・0242-22-3345
    http://www16.ocn.ne.jp/~nakaya2/


    ●「会津がかつて鋸(ノコギリ)の大生産地であったことを知る人はもはや少ない」と書かれたHPを見つけました。えぇっ、会津で鋸を作っていたのかと読み進めたら、「会津鋸鍛冶屋の技術の優秀さを示す逸話として、幕末頃江戸で土蔵のかんぬきを切って盗む土蔵破りが横行した際に『閂を切ることが出来る鋸は会津の中屋助左衛門作に違いない』と製作禁止命令がでたそうです。」と書かれているではありませんか。
    ●会津の鋸は1590年代初期(藩主蒲生氏郷)に大阪、天王寺から受け継いでおり、会津藩は鋸、農鍛冶、刀剣、漆器、酒造、朝鮮人参、会津木綿、陶器などを産業奨励策として取り組んできました。
    ●その後、鋸産業は昭和10年以降、東北地方、北海道、樺太などの開発と共に益々盛んになり、戦時中は品不足、人員不足となった程でした。中屋伝左衛門工場のある相生町(旧博労町)付近には鋸鍛冶屋が35軒程ありましたたが、その要因は付近から火を扱うためのフイゴ(吹子)炉作りに適した土が採取できたからだと言われています。しかし、現在では中屋伝左衛門工場三代目五十嵐征一さんだけになってしまいました。
    ●昭和29年頃にチエンソーが普及し鋸の需要は極端に落ち込みましたが、近年は手挽き鋸が見直されてきており、ホームページを通じて届くメールでは「人力でユッタリと作業をしたい」等が目立っているそうです。また薪ストーブの普及により「マド鋸」の注文が大部分を占めるそうで、更に各地のイベントでは「二人挽き鋸」が喜ばれると嬉しそうに「ありがたい事です」と話してくれました。
    ●時代の流れというのでしょうか、良いものが次々と姿を消していきます。使って駄目になったら新しいものに買い換えるといった大消費時代は終わりを告げたかに見えますがまだまだ根は深いのでしょう。目立てをしてきちんと手入れをすれば切れ味抜群の鋸も遠い昔の話になってしまうのかも知れません。五十嵐さん、会津の鋸鍛冶屋として最後まで良い仕事をして会津の職人気質を見せて下さい。
    ●ガガリ鋸と呼ばれる、木材を縦に切る鋸を手に説明する五十嵐氏。彼の鋸職人の技を受け継ぐ者がいない現実は実に寂しいかぎりですが、全国の愛好家のためにもまだまだ現役で頑張ってもらいましょう。

    「農鍛冶」

    • 2013.05.27 Monday
    • 15:10

    「農鍛冶」
    新平鍛冶・斉藤喜馬さん
    喜多方市小田付三ッ上7034
    0241-22-2071

    ●会津にはこんなに素晴らしいものがあることを紹介しているこのコーナー。「CLASSIC」には「古典的な」の他に「第一級の」という意味があるのです。そんなわけで今月も鍛冶屋さんのお話です。
    ●斉藤さんは喜多方市慶徳の農家の五男として生まれました。18歳になった時に手に職をつけようと喜多方市の新平鍛冶に弟子となりました。その頃は徒弟制度があり厳しくしつけられたそうですが、今となってはただただありがたいと話してくれました。
    ●5年間の修業の後一人前として認められ親方から鍛冶道具をいただきます。これでやっと認められたかと思うと喜びもひとしおだったそうです。その後、お礼奉公をしていると親方から養子縁組の話を持ち出され快諾して現在に至ります。と言ってもすごい人生ドラマがあったのでしょう。淡々と語る斉藤さんから感謝の言葉はあっても憎みや嫉みの言葉は一切ありませんでした。素晴らしい人です。
    ●戦後の物不足の時代など農鍛冶は大変忙しい毎日でした。喜多方周辺には18もの農鍛冶がありみんな繁盛していたそうです。ところが農業の機械化が始まりました。草刈り機が登場しては鎌の需要は激減し、テーラーやトラクターの出現で馬の出番はなくなりました。馬にひかせて田畑を耕す機具も必要なくなって農鍛冶が出る番がなくなったのです。
    ●現在までなんとか廃業せずにやっているのはこの新平鍛冶ただ一軒です。今でも鍬や鎌や鉈などの修理などを引き受けてやっています。山都の小川農園さんが頼んだ鍬が新しい刃をつけて生まれ変わっていたのが印象的でした。
    ●後継者がいないので新平鍛冶も八代目でその幕を閉じます。時代の波にもまれて消えていく鍛冶屋さんですが、これからも農機具を労ってあげて欲しいと思います。トンテンカン、村の鍛冶屋さんの歌とともに農鍛冶屋さんを忘れることはないでしょう。農機具にかわってお礼を言います。ありがとう、農鍛冶屋さん。

    「会津柳津微細彫」

    • 2013.05.27 Monday
    • 15:08

    「会津柳津微細彫」
    富山工房・金坂富山さん

    河沼郡柳津町上中平甲710
    0241-42-2066

    ●柳津町の福満虚空蔵尊圓蔵寺を訪れたことのある人も多いと思いますが、ここに430年もの伝統を誇る微細彫刻があるのをご存知でしょうか。
    ●微細彫刻とは、籾殻や胡麻、胡桃の殻を外側の厨子にして、その中に納まっている米粒ほどの小さな仏像のことです。1578年(天正6年)に圓蔵寺住職が胡桃の殻に納められた虚空蔵尊菩薩を拾い柳津に持ち帰り始まったと伝えられています。
    ●柳津町にある「富山工房」の金坂富山さんはこの微細彫刻の継承者として今も作り続けています。工房は柳津駅の近くにあり、いつでも見ることができます。
    ●東京でデザイン関係の仕事をしていた頃、一番上の兄にやってみないかと誘われ帰郷し、父親(金坂富仙)の下で修業を重ねました。父は彫刻一筋に生きていた方で、彼の成長をあたたかく見守ってくれたそうです。30歳になった時初めて作品が認められ彫刻師として歩み始めました。
    ●3年間乾燥させた真弓、つげ、白檀などに、1mmから3cmほどの大きさの仏像を作りますが、この集中力はすごいものでしょう。細かい作業だけに1日に6時間がやっとということですが、次はどんなのを彫ろうかなと一つひとつ楽しみながら彫っているそうです。父から譲り受けた「七福神」や干支の八体仏のほかいろいろな仏像にも挑戦しています。
    ●なによりも嬉しいことは、ふらっと立ち寄った観光客などの目がぐぐっと開いて驚きの声を上げ、手にした時の喜びようがたまらなく好きだそうです。結婚式の引き出物に使われたり、会社の創立記念に配られたりといろんな福を呼んでいるのが嬉しいと話してくれました。
    ●胡麻一粒よりも小さい1mmの仏像をルーペで見せていただきましたが、心ある仏像がちゃんとおりました。こんな小さな仏像でも我々の生活に癒しを与えてくれるんですね。
    ●マラソンを30年以上続けていて、吹雪の日も休まずに走っているそうです。鍛えた身体で微細彫刻を続けていって欲しいですね。

    「AIZUビューティーカレッジ」

    • 2013.05.27 Monday
    • 15:07
    「AIZUビューティーカレッジ」
    会津若松市駅前町4-3・0242-24-7271
    http://www.aizu-beauty.info/
    校長・齋藤常修



    ●今年で創立50周年を迎えるいわば老舗の専門学校です。1958年に会津高等理容美容専門学校として開校し、1976年に専修学校の認可を受け会津理容美容高等専修学校となり、昨年に校名を「AIZUビューティーカレッジ」としました。
    ●理容師、美容師を養成するのに必要な知識・技能を身につけさせるだけでなく、職業人としての自覚を高め、教養豊かな人材を世に送り出しています。特色としては、優れた指導により、基礎知識・技術の徹底を図っている。計画的な授業により、高い国家試験の合格率をあげている。会津理容美容業界との連携を密にして実務実習を行い、技術研修や接客マナーの向上を図っている。などが挙げられます。
    ●授業内容も、国家試験の合格は当たり前。今、現場で必要とされている「トータルにイメージを創りだす力」「お客様が喜ぶサービス」を中心に指導が行われています。また、それぞれの分野のプロフェッショナルな講師陣が基本から2年間じっくり育成するので即実戦力に結びつく技術や接客マナーなどを身につけられます。
    ●カット、メイク、ネイル、その他学ぶことは着付けやパソコンなどいろいろです。英会話や国語、メイクアップ、エステティックなども学べるんですよ。職業人としてだけでなく一般教養も身につけなければヘアアーティストとして活躍できないですものね。
    ●会津若松市の駅前にあるので、会津地方なら通学も楽々。通えない人のためには女子寮まで設置してあります。都会の学校に通うよりも自宅から通えるというのは経済面でも楽ですからご父兄の負担も軽くすみますよね。「会津にあってよかった」という声も多く耳にします。

    「ARIKA design」

    • 2013.05.27 Monday
    • 15:06

    「ARIKA design」
    土田晶子さん
    会津若松在住・服飾デザイナー

    ●うつくしまものづくり大賞のクリエイティブ部門で2年連続受賞した"ARIKA design"の土田さんは、とってもシャイで素敵な女性です。
    ●中学生の夏休みの時に友達のお母さんに習ってワンピースを作った事で服飾に興味を持ち、その後地元の高校を卒業し、長沢節さんの講演を聞いた事で背中を押され、文化服装学院へ入学。好きな服飾のことなら徹夜しても作れるという強い意志があったんでしょうね。卒業後、東京のアパレル会社でのデザイナーを経てフリーになりました。
    ●いろいろと迷っている時、会津若松出身のデザイナーの故・長沢節氏の講演会に出かけたのが大きな転機だったのでしょうね。長沢氏は服飾デザインでは世界に通用する第一人者でとっても素敵な人だったんですよ。彼の話を聞き、自分にとって洋服を作るということが自分の生き方だと気づき、服飾デザイナーとして頑張ってみようと"ARIKA design"を立ち上げることになったのです。
    ●コンセプトは、ファッション全般を意識しています。他人の目を意識して着る流行りの服ではなく、着る人本人にとって心地いい、幸せにしてくれる一着を作りたいそうです。素材としては会津木綿やからむし織りなど会津の伝統に培われたものを得意としています。

    「楽器職人」

    • 2013.05.27 Monday
    • 15:04

    「楽器職人」

    道田 昌吾さん
    大沼郡三島町西方

     東京生まれの道田さんは、学生時代にバンドに夢中になりやがてギターの製作家になろうと決意しました。就職先に選んだのは大手楽器メーカーです。そこでギター作りを学び、やがて他県で独立します。
     順調に進んできましたが、自分でもしっくり来ていなかったのでしょう。新天地を求めていろいろと探しました。たまたま寄った福島PRイベントのブースで三島町を紹介されたのが始まりだったそうです。
     三島町へ来るまでは桐の産地だとも知らずに、まさか桐で楽器を作るなんて考えてもいませんでした。神様は粋な計らいをするものですね。三島町へ来てから桐のことを知り、楽器にしてみたらと地元の人に勧められ、試行錯誤の末にウクレレを作ってみました。乾いて良い音がします。桐を使った楽器は琴が有名ですが、西洋楽器もいけるんですね。
     楽器を演奏するのってすごく難しい面がありますよね。でも、誰もが楽しめる楽器があってもいいんじゃないか、そう考えた彼は車椅子でも膝の上で奏でられるディスクハープの試作に成功しました。ユニバーサルデザインが注目されていますが、彼もこの点に着目したのです。その結果、県のユニバーサルデザインに選ばれ高い評価を得て今も注文待ちになっているほどです。写真右上がそのディスクハープです。
     田舎暮らしは慣れたそうです。9年もいれば第二の故郷になってくるでしょうね。今ではここの生活が当たり前という感じになったそうです。良い意味でも悪い意味でもなくただ"当たり前"という言葉には、日常を楽しく過ごしている彼の生き方が見えてきます。

    [檜枝岐歌舞伎]

    • 2013.05.27 Monday
    • 15:03
    [檜枝岐歌舞伎]


    ●檜枝岐歌舞伎は江戸の時代より親から子、子から孫へと伝承されて連綿と続き、春と秋の祭りに奉納歌舞伎として檜枝岐の村人を楽しませてきました。現在残っている資料の中に260年前に購入された浄瑠璃本が残っていることから、260年以上の歴史を持っていると言われています。
    ●上演される舞台は鎮守神の境内に有り、国の重要文化財に指定されています。観客席は露天で、神社への坂がそのまま自然の観覧席になっています。夕闇が深まる中での鑑賞は、その昔上演された雰囲気を十分に伝えてくれます。
    ●役者の方々は全て村の住民で、自分の仕事を持っておられる中、寸暇を割いて練習されています。その演技については素人離れしたものがあると絶賛されています。
    ●座の名称は「千葉之家花駒座」、座長は現在9代目星利弘氏、座員は裏方さんも含め30名ほどです。現代まで引き継がれている貴重な農民芸能として脚光を集め、上演の際には多くの観衆が訪れています。

    「森の校舎"カタクリ"」三島町

    • 2013.05.27 Monday
    • 15:01
    「森の校舎"カタクリ"」三島町
    大沼郡三島町大字西方字上原3580
    TEL&FAX 0241-48-5577
    http://www2.ocn.ne.jp/~moritaka


    ●三島町西方地区にあった西方小学校が廃校になり、校舎をそのままの形で活かし、宿泊・研修施設として運営を続けています。今年で結成11年目を迎えた「カタクリ会」にお話を聞いてきました。
    ●元の小学校のグラウンド、体育館、プールなどをそのまま利用できるのもいいですね。これならスポーツもばっちりです。その他、山間部の特色を活かした体験も出来ます。川遊びやホタル観察、キャンプもやっています。他にも地元料理の講習会なども開かれ、地元の文化を担っているんですよ。
    ●宿泊料は大人3,300円、一泊二食つき5,400円、小中生2,200円、一泊二食つき4,300円とリーズナブルな料金です。しかも、地元のお母さん方の完全手作りの食事です。また希望により、バーベキューや流しそうめんなども出来るとのこと。深山のご馳走が食べられると大好評です。
    ●学校の跡地だからと規則が厳しいわけではありません。掃除や何時に起床などの厳しい決まり事はないんです。普通のホテルと同様にゆったりと過ごして下さい。家族旅行やグループ旅行などにぴったりです。これは楽しめますね。
    ●一週間前までに予約をして、どんな設備が使えるのか、どんな遊びが出来るのか確認してから出かけましょう。さぁ、静かな山の中にある元小学校で楽しい思い出を作って下さいね。夏休みは早目の予約がいいですよ。

    「高清水自然公園」南会津町南郷

    • 2013.05.27 Monday
    • 14:58
     「高清水自然公園」南会津町南郷

    南会津町大字界字長地沢口4298-12
    TEL 0241-73-2115
    http://www.office.nango.fukushima.jp

    ●高清水は自然を巧みに生かした自然公園です。管理等をはじめ、遊歩道やキャンプ場(オートキャンプ・バンガロー・テントサイト)、10ポイントのアスレチック等の施設が整っており、子供から大人まで多目的に楽しめる自然公園として誕生しました。
    ●先月上旬で終わりましたが「ひめさゆり」の群生地としても有名です。今のシーズンは静かなキャンプ場、または一日のんびりと遊べる自然公園として愛されています。

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